書籍『反脆弱性』

日本では2017年に発行されたタレブの著書。著者によると、「脆い」の対義語は「頑健」とか「耐久性がある」ではないとのこと。脆いものは不安定な環境下で損害が発生してしまう、頑健なものはそういう状況でも無傷でいられるかもしれない。しかし、「反脆さ (antifragile)」を兼ね備えたものは、そういう不安定・不確実な状況から利益を生むことができる、と筆者は話す。

 

そういう反脆いポジションを取る(ロング・ベガやロング・ガンマ)ことで、不安定な環境で生き残っていこうというのが本書の根本的なアイディアだ。致命的でない程度に危険な経験をするとで、より環境変化や不確実な環境に強くなるというのは、直感的にもうなずける。同じ組織でずっと働いてきた人よりも、リストラ・転職を経験した人の方が反脆いというのは自然なことだ。リストラや転職という経験は一見遠回りしている非効率な(本書では「冗長」と表現されている)人生の様に見えるが、反脆さの礎になっている。

 

面白かったのは組織・社会レベルでの反脆さの議論だ。組織レベルで反脆弱になるためには、その構成員である個体は脆い状態でなくてはならない。企業単体では大きなリスクを取り利潤を追求している。もちろん、競争の過程で失敗するビジネスもある。だが、市場全体としては競争が盛んで、企業の新陳代謝があるほうが変化に強いものとなる。同じ企業がいつまでも生きながらえていると、イノベーションも無くなるし、その企業の代替もない状態になってしまう。

 

この議論を見ていて思うのは、現在のコロナ禍の中での政府の役割だ。各国政府は今回のコロナ禍を受けて補助金や流動性供給を行っている。一時的なサポートが必要だというの点は賛成するが、それが慢性化するとシステムを脆くするだろう。日銀はすでにかなりの期間、大量の資金を市場に供給している。その恩恵を受けている企業や個人は多いだろうが、市場機能は役割が薄れて新陳代謝は滞っている。景気が良いうちはそれで良かったが、環境が変化するときに脆さを露呈することになる。本来脆い存在として、リスクを取ってビジネスをするべき企業が過剰に保護されているように思える。市場からの資金調達をストレス無く行える状況に慣れすぎてしまうと、そうでない状況になったときに柔軟に対応できない。市場全体としても、金融市場を通じて問題のある企業を検知出来ないとやはり社会全体のシステムは脆くなってしまうだろう。